孫悟空の金の輪っか
ああ、このココログの管理画面に文を書くのはどのくらい久しぶりなんだろう・・・。
前回ほっぽり出した(?)ときは、なんだかしょ~もない自我のゴミを撒き散らしてるみたいな気分になってしまって、それでやめてしまったんだっけ・・。
本サイトからこっちにリンクを張る度胸がようやっとできて、書きたいことは山ほどあったはずなのに、いざこうしてみるとなにも紡ぎだされてこない自分に驚いてしまう。
文章の人間ではないんだなぁ・・と、いつの頃からか思い込んだ「自分像」の修正をする。
写真も、音楽も、育児も、どれもこれもひとりよがりのように思えてきて、それこそ人生をほっぽり出したくなる刹那を懸命に自制することにエネルギーを使う。
これでもか、これでもか、と生甲斐、やりがいを強制してくる活字文化やマスメディアから自分を守り、その海をなんとか自分のペースで心地よく泳いでゆくことの、私は母親としてそんなことぐらいでしか、娘達を見守ってやれないだろう、と思ったりする。
「答えはな、答えなんてものはな、ないんだよ」
農家に育った父はいつか言った。
自分の生きることへの抗いと、苦しみと、その日を生きることの口実探しと、そんなものでこの何年かは私という原稿用紙は、インクのしみだらけになっていた。
しみだらけで、ほんとうはなにが書きたかったのかがわからないぐらいに。
ただ、苦味と辛味と、なぜこんな味しかわたしはしないのか、そんな味しかしない私の舌のいったい何がおかしいのか、そのワケを知りたかったような気がする。
人は、人間は不安と恐怖にイチバン弱い。
自分の力で生きていると、ハナから信じて疑わなかったある日そのとき、その大地が根底から覆されるような出来事が「ふりかかる」。
混乱し、叫び、自分というものを見失ってしまう。
そして、足元の地面に意識を向ける余裕さえなくなってしまい、ただ生きるだけの、いや、生きることも死ぬこともできなくなったそのときに、人は自分の中に黙して横たわるケダモノに気がつく。
そのケダモノに目覚める力をかしているのはほかならない自分だ。
自分が動かしているのに、鎮めようと全精力を傾ける。
アクセルとブレーキを床の底にべったりはりつくまで、同時に踏み込んでいるようなものだ。
苦しくて苦しくて、逃げたいのに逃げる場所がない。
だって全部ジブンの中で起こっているコトだからね・・・。
そしてまた、疲労困ばいする。
そしてもう、このケダモノを消すことはできない、なぜならこのケダモノも、なんだかよくわからないけど、宇宙や自然をつかさどる大事なチカラの一部分らしい、ということがじぶんのカラダの中でおぼろげながら、靄のように感じられてくる。
だから、嵐もシケもうららかな晴れも頬をなでる優しい風も、すべてはじぶんのココロとカラダの中で起こりうることなのだ・・・と。
それなら、嵐には備えなくてはならない、シケにあっても外に出て行かなければならないときのためにココロを鍛えるコトも必要かもしれない・・と。
それでも、あっという間になぎ倒されてしまうのかもしれない。
そして、その虚しさに嘆く時間もないほど、次の嵐がおそってくるのかもしれない。
おだやかな晴れの日にはほっと安らぐことができ、「感謝できる」ということの余裕をもちえる豊かさに気がつく。
少し楽だから、隣の人に話しかけてみよう、なにかできることがあれば協力しようと思える何か理屈を超えた「源泉」から湧いてくる思いに、ありがたい・・・と思わず手を合わせる。
ジブンがしたことで他の人が喜んでくれる、ということの真の喜びを噛み締めることのできるジブンに気がつく。
そうやって、営々と脈動する世界の一部である「ジブン」というものに、どんなに泣こうがわめこうが、決して抗うことの出来ない「サムシング・グレート」に、もしかしたら、それがお釈迦様の掌の上なのか、とにかく、支えられて生きている、生きているのじゃない、生かされているということの門の前に立ちえた、そんな気がしないでもない。
岩に閉じ込められていた孫悟空のアタマを締め付ける金の輪っか(「緊箍児」(きんこじ、別称「金剛圏」とゆうらしい)は、いつしかケダモノに同化してしまいそうになることへの教訓と戒めなのかもしれないな。
農業や漁業が生業であった時代には、否応ナシにカラダで学び知りえていたことが、今この時代には一度精神やアタマを通して通らなければならない道のように思えたりして、どちらが楽なんてことはゼッタイにないにしても、「正しい答えを求める」教育を骨の髄まで沁みこませて育った私たちには、タフだ。
だから、農家に育ち、片道1里半(約6キロ)の山道を歩いて分校に通った父には、私とはまったく違うものの見方で世界が見えているのだろう。
家を出、ペン一本で母と私を食わせてきた父の足元には、ぶっとい根が張っているようにも思えて、今、父は前立腺癌と戦いながら相変わらずシゴトの前線にいるけれど、女はそんなことを考えなくてもいい、そういうことを考えるカラダをしていない!と言い、そのたびに私はどこかでホッとしていた。そんな父がわたしは、父だから、じゃなく、ずっと羨ましかったような気もする。
しっかし、十牛図にあるような、牛の背中で悠々と笛を吹き吹き道を帰るあの境地に、この生のあるうちに少しでもたどりつけるときがあるんじゃろか。
でも、もし毎日がお釈迦様の掌のうえなら、同じ悪さをするんでも、もすこし心持ちがちがってくるやもしれん、も少し楽にけけけ、と悪さができるやもしれん、そんな風にふと思ったりもする。
そういえば、孫悟空は掌で小便たれたんだっけな。
嗚呼、わたしってば結局なんも変わってないやん。
しょ~もな!
















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